阿武隈急行株式会社 代表取締役社長 千葉さん
阿武隈急行株式会社
代表取締役社長 千葉 宇京(ちば うきょう)
みなさん、「阿武隈急行(通称:あぶきゅう)」を知ってますか?
「あぶきゅう」は宮城県「槻木駅」~福島県「福島駅」の豊かな自然と歴史や文化の彩られた中を走っている鉄道です。
実は仙台市国分町で2018年6月1日にグランドオープンしたenspaceの掲げる、『Glocal Factory』に込められた想いの一つと共感し、車両ヘッドマークにロゴを5月から6月の2ヶ月間掲出させていただきました。
そんなご縁をきっかけに、本編では千葉社長から阿武隈急行のこれまでの歴史や地域鉄道が、地域に求められている役割などについて聞いてみました。
ーー まずは、千葉社長のキャリアについて伺いたいと思います。千葉社長は去年就任されたということですが、それまではどんなお仕事をされていたんですか?
実は、社長就任まで2年ほど宮城県図書館の館長を勤めていました。宮城県図書館は数年前に図書館戦争という映画の舞台にもなったのですが、撮影の際に主演の岡田准一さんや榮倉奈々さんと握手してもらったのは貴重な機会でした。
その前は宮城県住宅供給公社というところで3年、それまではずっと宮城県庁職員・・・というようなキャリアですね。なので、鉄道業界に関わったのは去年から数えて1年のみです。
ーー そうだったんですか!全く前職からは想像もできない領域に行くことになって最初は驚いたのではありませんか?
もちろん驚かないことはありませんが、県庁時代から様々な職種についているので未知の領域に飛び込むことには慣れてもいますし、逆に色々な業界に触れることができるのは楽しいですね。
地域と共に、30年。
ーー 阿武隈急行鉄道は今年で全線開通から30年ということですが、そもそもどういった経緯で設立された路線なのでしょうか?
元を正せば東北地方への輸送力強化のために、一部区間の傾斜がきつい東北本線のバイパス的な存在として計画されました。
しかし、技術の進歩によって傾斜の問題が解決したことや、駅が全て郊外に存在していたため乗降者数が増えなかったことによって、先行開通していた丸森線(槻木-丸森間)は開業後すぐに赤字路線になってしまいました。それでも地域の方々の強い要望で、第三セクターとして阿武隈急行株式会社が設立され、全線開通が実現したのです。
今でも鉄道利用者の6割は通勤や通学での定期利用者なので、沿線地域の方々の暮らしに密着した路線だと言えると思います。
ーー 確かにホームページ等でも「地域と共に」という表現が強調されていますよね。千葉社長にとって、地域密着とはどういうことですか?
私たちの考える地域密着とは、地域における存在意義を常に考えるということです。
阿武隈急行株式会社は沿線5つの自治体(福島市・角田市・丸森町・柴田町・伊達市)と福島県および宮城県からの出資・補助金を中心に成り立っており、文字通り「地域と共にある」と言えます。
存在意義という部分で言うと、鉄道という地域資源をもっと利用活用してもらうことによって、地域に対する価値提供をしていきたいと考えています。
“ はこぶ ”から“ つなぐ ”へ
ーー 「地域」というとやはり高齢化や人口減少などが叫ばれており、東北だけではなく日本全国での課題かと思います。沿線地域でもこの課題の影響はありますか?
そうですね、沿線地域はどの自治体でも住民が減っています。定期による地域住民の利用が過半数を占める阿武隈急行はこれまでのように、地域の方々の利用だけでは収益をあげるのが難しくなりつつあります。
ーー なるほど。地域の方の利用率だけではなく、やはり外からのお客様へのアプローチが必要というわけですね…。具体的に会社としてはどのような取り組みをされているのでしょうか?
全線開通から30周年を間近に控えた昨年2017年に、東北財務局などと連携しながらこれからの阿武隈急行沿線地域の活性化について考えるフォーラムが開催されました。これは阿武隈急行を活用した沿線市域の活性化をテーマに事業の検討を行うもので、弊社と沿線5つの自治体を中心に、地域のいわゆる産官学金(地域金融機関や交通事業者、大学など)が一同に会した大規模なものでした。
ーー そのフォーラムの中ではどう行ったアイデアが実行されたのでしょうか?
30周年記念事業としては、例えばはちみつビールの限定醸造というのを行いました。
そもそも最初は酒税法が改正されて、ビールの副原料に果実及び一定の香料を加えることが可能になったというお話を東北財務局の方から聞いたことから始まりました。
そして、いざ製造ということになってビールは角田市の仙南シンケンファクトリーさんに、はちみつは丸森町の石塚養蜂園さんに、ラベルのデザインは福島学院大学の教授さん学生さんにそれぞれご協力いただきました。
さらに資金調達には地域の金融機関の方々のご協力でクラウドファンドディングに挑戦し、700名以上の方にご支援いただき、なんと280万円が集まったんです!
アイデアから実行に至るまで、地域の約20近い団体がまさに一丸となってプロジェクトに関わっていただけたことが、僕らにとって何より嬉しかったですね。
ーー 一企業が発端のものに対して、まさに地域の主要なプレーヤーが勢揃いしてタッグを組んだ形ですね。
ありがたいことですよね。
こういった事業を行う中で私たちが感じたのは、鉄道事業者が地域で求められている役割が変わりつつあるのではないか、ということでした。そもそも鉄道と言うのは鉄の”道”であって、ヒト/モノ/情報を『はこぶ』ことが本業です。
しかし今回の事例でいえば、ただ単に目に見えるものを『はこぶ』だけでなく、地域のプレーヤーの方々を『つなぐ』役割を果たしたわけです。これも私たち鉄道事業者にできることではないか、と考えるようになりました。
地域の可能性を信じて
ーー 『つなぐ』役割について、さらに詳しくお話を伺いたいのですが、どういった場面でその役割が求められていると感じますか?
色々な切り口はあると思いますが、例えば観光という切り口で考えてみましょう。
先ほども申し上げたように、人口減少の中で定期券利用のお客様を今後大幅に増やして行くことは難しいと考えられます。
そこで観光客を呼び込むために、交流人口の動脈としての役割により注力したいが、そのためには私たち鉄道業者だけではどうしようもなくて、地域に魅力がなくてはならない。
そこで、魅力づくりのために地域の各プレーヤーをつなぐ役割が求められていると感じます。
ーー 地域の魅力作りに関して、具体的に取り組まれていることは何かありますか?
あぶQウォークというイベントを年に10回程度、企画しております。これは阿武隈急行沿線の各駅から約10km圏内を散歩するというイベントですが、ウォーキングの途中やゴール地点では地域の方々からのおもてなしを受けられるとあって、年間で約3,000名もの方々に参加いただいています。これも地域の方々および、各自治体の観光課の方と我々が繋がってこそのイベントです。また、車両基地を解放して車両の運転体験会や旧車両の鉄道部品等の販売を行ったら、わざわざ京都や岡山からお客さんがいらっしゃったこともありました。
他にも地域にはまだまだ私たちが気づいていないような、観光資源となりうるコンテンツが眠っていると思います。それを引き続き発掘し、発信していければと思います。
ーー 最後に、今後に向けて何か意気込みなどがあればお願いします。
まだまだ直接的に成果に結びついている事例は多くないのですが、努力をすると地域の方々がとても応援してくださることにすごく手応えを感じています。
今後も引き続き、地域と共に頑張っていきたいと思いますので、まずはぜひ阿武隈急行に乗ってみていただきたいですね。とにかく僕は車窓からの四季折々の景色が好きなので、そこにもぜひ注目していただければと思います!
編集後記
一連の取材を終えた後で、
「どうして、それまで全く関わりのなかった業界で就任からまだ1年あまりしか経っていないにも関わらず阿武隈急行や沿線地域のことをそんなに熱く語れるのか」
と、不思議に思ったので千葉社長に聞いたところ以下のような回答が返ってきました。
「『社会・地域を変えるのはワカ者・ヨソ者・バカ者だ』という話を聞いたことがありますか?
私は若者にはどう頑張ってもなれませんが、全く違う領域から社長に就任したので、自分のことをヨソ者だと思っているんですよね。だからこそ、『自分にもきっと何かができるはずだ』と思いながら活動しています。
今後は、過去の慣習や固定概念にとらわれないという意味で、バカ者を目指そうかななんて考えていますよ。笑」
鉄道事業会社と言われると、変化や挑戦とはあまり縁のない”お堅そうな”イメージを持つのは私だけでしょうか?
安全で定時を守った運行は交通インフラ業界において当たり前の世界。千葉社長はよそ者だからこそ、その価値を発揮して新しい視点で様々な取り組みを実行していらっしゃいます。
社会人として30年以上のキャリアを積んでいながらも、変化を求め挑戦し続けている千葉社長の姿勢にはとても感銘を受けました。
今の東北を創る経営者の千葉社長がここまで挑戦していらっしゃるなら、未来を創る僕たちワカ者はもっとやれるはず。千葉社長のような”志ある実行者”になれるよう、まだまだ精進しなければならないなと気が引き締まる思いをした取材でした。
【取材編集】
enspace インターン生
東北大学 経済学部 経営学科
成瀬