東北大学の矢島さん
東北大学 理事 産学連携担当
矢島 敬雅(やじま よしのり)
群馬県高崎市生まれ。1986年に北海道大学工学部資源開発工学科を卒業し、通商産業省入省。中小企業庁経営支援部長、独立行政法人中小企業基盤整備機構理事などを歴任。2016年7月に東北大学理事に就任。
2030年までに100社の“大学発ベンチャー”の起業を支援する―。こんな意欲的な目標を掲げているのが東北エリアの最高学府、東北大学です。意外な取り合わせと感じるかもしれませんが、歴史をさかのぼると東北大学とベンチャーの親和性には高いものがあります。同大学でベンチャー支援の陣頭指揮をしている産学連携担当理事の矢島さんに、支援の想い、具体的な取り組み内容などを聞きました。東北から日本を変えるベンチャーが創出されそうですよ。
実学尊重
――東北大学といえば理工系の基礎研究をしっかりやっているまじめな大学。そんな印象があります。一方で、こう言っては失礼ですけど、ベンチャー企業とはちょっと距離があるんじゃないかなと感じていました。
なるほど。貴重なご意見、ありがとうございます。
――あくまでも個人的な意見で諸説あるんですけど、スイマセン…。
いえいえ(苦笑)。「基礎研究をしっかりやっている」と柔らかく言っていただきましたが、要するに地味でおとなしい。そんなイメージということですよね。わかります。おそらく、そうした生真面目さは実質重視で華美を嫌う東北人気質が影響しているんでしょう。派手さはなくても、大切なことは地道に取り組む。そんな気質は本学にもあります。
でも、ベンチャーとの親和性も意外とあるんですよ。本学では「研究第一主義」「門戸開放」「実学尊重」という3つの理念を建学以来掲げていますから。
――わかりやすく言い換えると、学外のネットワークを積極的に構築しながら、実際に使われる技術の研究開発を追求する、ということですね。そう言われれば、ベンチャーとの親和性は確かに高そうですね。
そうでしょう(笑)。東北帝大時代にさかのぼれば、永久磁石のKS鋼、テレビ受信アンテナの八木・宇田アンテナ、電子レンジなどに使われるマグネトロンといった技術や新材料は本学から生まれたイノベーション。伝統的にベンチャー精神にあふれているんです。
――なるほど。ただ、2030年までに100社のベンチャーを輩出するという目標は、とても難度が高いんじゃないかなと感じます。
われわれも簡単に実現できる目標とは思っていません。しかし、本学にはベンチャー創出に欠かせない高い水準の人材と技術というリソースが豊富にあり、決して不可能な目標だとも思っていません。むしろ、これまで大学としての後押しが不足していた。そんな反省があります。
そのため、2014年にそれまでの産学連携推進本部(以下、推進本部)を「産学連携機構」(以下、機構)に発展させ、起業支援の取り組みを加速させました。推進本部が担ってきた役割にくわえ、学内の関係組織が取り組んできた産学連携活動の「点」から「面」への変革、産学連携活動の「見える化」「ハイレベル化」。そうした取り組みを機構では進めています。目標は「実学尊重」の理念に基づく本学研究成果の戦略的な社会実装。大きな社会的インパクトの実現を目指しています。
さきほども申しましたが、本学には「実学尊重」の精神に基づいた社会を変革するような技術があり、そんな研究開発を進めています。あと、ベンチャーの創出に必要不可欠なのはお金と人材。そのため、お金と起業家人材育成の両面にわたったシームレスな取り組みを行っています。
スタートアップガレージ
――具体的な内容を教えてください。まずは先立つもの、お金の面から聞かせていただけますか?
研究成果の事業化検証を後押しするため、2013年に立ち上げた「ビジネスインキュベーションプログラム(BIP)」に基づいたGAPファンド(※1)やマッチングファンド(※2)の支援を行っています。
<脚注>
※1 GAPファンド:大学研究室へ試作開発・試作テスト資金など比較的少額の開発資金を供与して大学の基礎研究と事業化の間に存在するGAP(空白・切れ目)を埋めることにより、大学先端技術の技術移転や大学発ベンチャー創出を促していくファンド。
※2 マッチングファンド:企業との共同研究を対象に、プロトタイプによる本格的な事業化の検証や準備を支援するファンド。
プロトタイプなどで事業化を検証した結果「イケる」となったら、次は事業化のための資金調達が必要。そのため2015年に本学の100%出資で「東北大学ベンチャーパートナーズベンチャーキャピタル」(THVP)を設置、大学発VCを運営しています。これまで10社に投資しました(※3)。ちなみにBIPとTHVPは、ともに経営面での支援も行うハンズオン投資でもあります。
<脚注>
※3 投資実績は2018年4月末現在
――起業家人材育成では、どのような支援を行っているんですか。
複数の大学が参加するコンソーシアムを通じたアントレプレナー育成プログラムと、外部の支援機関とコラボしたエコシステム構築という、ふたつの取り組みを進めています。
育成プログラムでは、本学を幹事校として、北海道大学、小樽商科大学、京都大学、神戸大学、宮城大学の国内6大学が協働するコンソーシアム「”EARTH on EDGE”~東北・北海道からの起業復興~」(以下、EDGE)を結成。2017年に文科省の次世代アントレプレナー育成プログラムに採択されました。EDGEの目標はコンソーシアム全体で起業家を育成することで、各大学の特徴を活かしたアイデア創出やビジネスモデル構築を中心とした実践的な内容のプログラム。起業したベンチャー経営者による講義も予定しています。
また、2017年には中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)との連携で、青葉山キャンパス内のビジネスインキュベーション施設に「東北大学スタートアップガレージ」(以下、TUSG)を設立しました。
TUSGの運営は本学と国のベンチャー支援施策担う中小機構とが連携し、東北地方のベンチャー・中小企業を支援している起業家支援団体、一般社団法人MAKOTOが実務を受託。MAKOTOのスタッフが常駐する新しい試みです。ベンチャー先進国であるアメリカの大学発ベンチャーの多くは小さなガレージから始まりました。名称には、そんな施設になってほしいという想いを込めました。
TUSGが入る中小機構のインキュベーション施設には、すでに20名くらいの起業家がいて、ここに行けば起業した先輩たちの活きたアドバイスを聞くことができますし、販路開拓につながる人との出会いもあるでしょう。起業を志す者、起業経験者、支援者および投資家などが出会い、新しいアイデアを具体的なカタチにしていける場所にしたいですね。
シリコンバレーのベンチャー関係者とよく議論していたことがあります。それは「なぜアメリカにはアントレプレナーシップがあって、日本にはないんだ?」ということ。どんなにお金を出して、どんなにいろんな支援策をつけても、そもそも「起業しよう」という人がいないことには、なにも始まりません。ある意味、お金より先立つものが起業家人材です。
学生時代に起業家精神を身につけることは、起業しない人にとっても、今後、絶対必要な要素だと思います。どんな組織に行こうが、これから求められる人材は、指示をこなす人ではなく、自らアイデアを発信できる人材ですから。そうした意味でも教育機関として起業家育成に取り組むことは、われわれの社会的ミッションのひとつだと思っています。
学外の動きとも連携したい
――EDGEではコンソーシアム、TUSGでは学外との連携がキーワードになっています。ネットワークで起業家人材を育成しようとしている点に独自性が感じられます。
アイデアとは、人との議論や経験者の活きたアドバイス・経験談がヒントになって生まれるものです。キャンパスのなかだけで完結する教育プログラムも大切ですが、いろんな人と触れ合う機会の提供や場の形成を後押しすることも重要です。
最近、起業家やベンチャー、さらに仙台に拠点をもちたい企業などを対象にしたシェアオフィスやコワーキングスペースを仙台市内で立ち上げる動きが出始めています。それも、単に低コストで利便性の高いオフィススペースを提供するだけではなく、起業家や経営者、支援者などが出会う機会と場を創出することで、ベンチャー創出を後押しする取り組みだと思います。こうした学外の動きとも連携できればいいなと考えています。
――今後のビジョンを聞かせてください。
起業促進は人口減少が進む東北で若い人たちが働く場所を新しくつくることにもつながります。地方創生という観点からも起業家人材育成やベンチャー支援は重要な施策です。また、世界に目を広げても、日本が今後とも産業競争力を発揮していくためにはベンチャー企業が重要な役割を担っています。
成長力があるベンチャーを創出するうえで、大学が持っているいろいろな研究成果、知財、知識が果たす役割は大きく、実際、大学の強みと起業家やベンチャーとの融合に大きな注目が集まっています。2030年までに100社のベンチャー創出という目標の実現を通じ、地方創生や国際競争力の維持・強化に貢献していきたいですね。